
ビットコインの流動性とは何か——同じ注文でも価格への影響が変わる理由
100万円分のビットコインを買うときと、100億円分を買うときとでは、同じ価格で全部買えるとは限りません。画面には一つの価格が表示されていますが、その価格で待っている売り注文の量には限りがあります。
価格が動くかどうかは、注文の大きさだけで決まるわけではありません。その市場が、その大きさの注文をどこまで吸収できるかによっても変わります。この「吸収できる度合い」を指す言葉が、流動性です。
売買が成立するたびに価格が更新される仕組みそのものは「ビットコインの価格はなぜ毎日変わるのか」で扱いました。ここではその一段先——同じ売買でも、なぜ価格への影響が市場によって違うのか——を見ていきます。
ビットコインの流動性とは何を指す言葉か
流動性とは、ある大きさの売買を、価格を大きく動かさずに成立させられる度合いのことです。単純に取引量の多さだけで決まるものではなく、ある大きさの注文を出したときに価格へどれだけ影響が出るか、という市場の状態を指しています。
金融市場の実務では、もう少し要素を分けて捉えられています。国際決済銀行(BIS)の下に置かれたグローバル金融システム委員会(CGFS)は1999年の報告書で、流動性の高い市場とは「参加者が大きな取引を速やかに、価格への影響を小さく抑えて実行できる市場」だと整理しています。市場微細構造の研究では、流動性を主に三つの側面から捉えるのが一般的です。売値と買値の差の狭さ(スプレッド)、現在価格の近くに積まれた注文の量(市場の厚み)、そして大きな取引で価格が動いたあと元の状態に戻る速さです。
三つのうち、売買する側がいちばん体感しやすいのは二つめの厚みです。以下ではここを軸に見ていきます。
なぜ同じ大きさの注文でも、市場によって価格の動き方が違うのか
現在価格の近くに並んでいる反対注文の量が、市場ごとに違うためです。注文は一つの価格でまとめて成立するのではなく、価格の近い注文から順に約定していきます。

取引所の画面には、いくらで買いたい・いくらで売りたいという注文が価格ごとに並んでいます。この一覧が板です。買い注文を出すと、いちばん安い売り注文から順に約定し、その価格帯の注文を消化し終えると、次に安い価格帯へ進みます。
説明のために架空の数字で見てみます(以下の金額と数量は、仕組みを示すための例であり、実際の相場の値ではありません)。いま最も安い売り注文が1BTC=1,500万円だとして、10BTCを買うとします。
厚い市場では、1,500万円から1,502万円までの範囲に合計30BTCの売り注文が積まれています。10BTCの買いはこの範囲で埋まり、平均約定価格は1,501万円ほどに収まります。約定後に表示される価格も、1,502万円までの位置にとどまります。
薄い市場では、同じ範囲に3BTCしかありません。残る7BTCは、1,510万円、1,530万円、1,560万円と、より高い価格帯の売り注文を順に消化していくことになります。平均約定価格は1,520万円といった水準まで上がり、約定後に表示される価格も1,500万円から離れた位置へ動きます。
同じ10BTCの買い注文でも、結果はこれだけ変わります。どこまで価格帯を進む必要があるか——流動性を見るときに中心になるのは、この点です。
価格インパクトとスリッページは何が違うのか
自分の注文によって市場価格そのものが動くことを price impact(価格インパクト)、注文を出したときに想定していた価格と、実際の平均約定価格との差を slippage(スリッページ)と呼びます。片方が市場に起きたこと、もう片方が自分の手元に現れたコスト、という関係です。
先ほどの薄い市場の例で言えば、表示価格が1,500万円から1,560万円まで押し上げられたのが価格インパクト、支払った平均が1,520万円になり、想定していた1,500万円との間に20万円の差が生まれたのがスリッページにあたります。
覚えておきたいのは、大きな注文を出したとき、画面に見えていた価格ですべて約定するとは限らない、ということです。コインベースも利用者向けの説明で、スリッページが生じる原因は流動性——価格に影響を与えずにどれだけ速く売買できるか——にあると述べています。取引量や取引の活発さが乏しい市場ほど、スリッページは大きくなりやすい、という説明です。
もう一つ、スプレッドという差もあります。同じ瞬間の買値と売値の差のことです。スプレッドは注文を出す前から板に現れている差であるのに対し、スリッページは注文サイズが大きいほど生じやすく、板の厚みによってその大きさも変わります。二つは別のものとして見るところです。
出来高が多ければ、流動性も高いのか
必ずしもそうとは限りません。出来高と流動性には関係がありますが、測っているものが違います。
出来高は、一定の期間にどれだけ売買が成立したかという記録です。すでに起きたことを集計した、過去を向いた数字。一方の市場の厚みは、いま板に並んでいる注文の量であり、これから出す注文がどこまで吸収されるかを見るための、先を向いた数字です。市場データ事業者のカイコ(Kaiko)も、出来高と市場の厚みをこの向きの違いで区別し、両方を併せて見る必要があると説明しています。
実際、この二つは逆方向に動くことがあります。ビットコイン市場の例ではありませんが、それがはっきり記録された分析があります。CMEグループによると、2020年3月中旬の相場急変時、E-mini S&P 500先物では板の上位数階層の厚みが1月下旬と比べておよそ90%減った一方で、出来高は約85%増えました。出来高が増えていても、板が厚いとは限らない——ここで押さえたいのは、その一点です。
「出来高◯◯億ドル」という数字は、その市場でいま大きな注文を価格を動かさずに出せるかどうかを、そのまま示しているわけではありません。
時価総額や取引所の保有BTCは、流動性を表しているのか
どちらも、流動性とは別のものを測った数字です。
時価総額は、最後に成立した価格に流通枚数を掛けたものです。何年も動いていないコインを含め、すべての枚数が直近の約定価格で評価されます。計算上そう出るだけであって、その金額が売買に使える資金として市場のどこかにあるわけではありません。ビットコイン全体の時価総額が大きいことと、いま特定の取引所で大口の注文を吸収できることは、別の話です。
取引所が保有しているBTCの残高も同様です。残高は、その取引所に預けられている量を示します。預けられていることと、そのコインが現在価格の近くに売り注文として並んでいることは違います。保有者が売る気のないコインは、残高には含まれても、板には現れません。
流動性が低いと、価格は必ず大きく動くのか
必ず、ではありません。流動性は値動きの大きさを左右する条件の一つであって、値動きを起こす原因そのものではありません。
価格が動くきっかけは、市場に出る買い注文と売り注文のバランスが変わることから生まれます。新しい情報が入る、まとまった資金が入る・出る、他の市場の動きが波及する——こうした変化が注文の偏りとなって板にぶつかったとき、流動性は「その偏りが価格にどれくらいの幅で現れるか」に関わります。さらに、レバレッジのかかったポジションが積み上がっていれば、清算が次の注文を呼び、動きが広がることもあります。
つまり、注文の偏り、レバレッジや清算による増幅と、流動性とでは、構造の中で果たしている役割が違います。「流動性が低いからビットコインは大きく動く」と一本の原因に還元すると、この役割の違いが見えなくなります。値動きの大きさが生まれる構造の全体は、「ビットコインはなぜ価格変動が大きいのか」で扱っています。
「ビットコインの流動性は高い」と言えるのか
高いか低いかの二択で決まる性質ではありません。同じ市場でも、注文の大きさが変われば答えが変わります。
100万円の買い注文に対しては十分な厚みがある市場でも、100億円の注文に対して十分とは限りません。「この市場は流動性が高い」という言い方は、暗黙のうちにある注文サイズを前提にしています。前提にしているサイズが違えば、同じ市場について正反対の評価が並ぶこともあります。
変わるのは注文サイズだけではありません。取引所によって板の厚みは違いますし、同じ取引所でも通貨ペアによって違います。時間帯でも変わります。カイコの分析では、コインベースのBTC-USDで10万ドル規模の売り注文にかかるスリッページが、米国市場の時間帯の始まりと終わりに上がりやすいという観察が示されています(特定の時期の観察であり、常にそうなるという意味ではありません)。相場が荒れている局面で薄くなりやすいことは、先ほどのCMEの例のとおりです。
そしてビットコインには、一つの中央市場がありません。売買は複数の取引所に分かれ、板に載らない相対(あいたい)の取引——店頭取引、いわゆるOTC——も併存しています。ある取引所で吸収しきれない注文が、別の取引所や店頭では成立することもあります。「ビットコイン全体の流動性」を一つの数字で表そうとしても、その数字はどこかで市場の一部を切り取ったものになります。公開市場で価格形成を見るときは、どの市場の厚みを見ているのかを添えて読むほうが実態に近づきます。
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流動性が高い市場では、何が変わるのか
売買したいときに相手が見つかりやすくなり、注文を出したときの価格への影響を抑えやすくなります。
具体的な現れ方はいくつかあります。スプレッドが狭くなりやすいこと、まとまった注文でもスリッページが小さく収まりやすいこと、注文が板に残ったまま約定を待つ時間が短くなりやすいこと。これらは別々の長所というより、「価格を大きく動かさずに売買が成立する」という一つのことが、違う場所に現れているものです。スプレッド・板の厚み・スリッページ・出来高を横並びの指標として眺めるより、流動性という中心から派生した観察点として並べ直すと、どの数字が何を見ているのかが整理しやすくなります。
ただし、流動性の高さは資産としての優劣を示すものではありません。値動きの幅と同じく、市場の状態を測る言葉であって、その資産がどんな仕組みで成り立っているかとは別の軸です。流動性が高い市場でも価格は動きますし、流動性が薄い時間帯にしか成立しない取引もあります。
【関連記事:ビットコインETFが市場に与える影響】
よくある質問
ビットコインの流動性は、どこで確認できますか?
取引所の板やデプスチャートで、現在価格の近くにどれだけ注文が並んでいるかを見られます。市場データ事業者は、現在価格から一定の範囲(0.1%・1%・2%など)に積まれた注文の合計額を「市場の厚み」として公表しています。範囲の取り方で数字が変わるため、何%の範囲を見た数字なのかを確認すると比較を間違えにくくなります。取引所によっては、注文を出す前に想定スリッページを表示する機能もあります。
流動性のコストと取引手数料は、どう違うのですか?
手数料は取引所が提示する明示的なコストで、注文を出す前に金額が分かります。スプレッドとスリッページは価格そのものに含まれる形で発生するため、明細に「手数料」として現れません。同じ手数料率の取引所でも、板が薄いほうでは実際に支払う金額が大きくなることがあります。
販売所形式では、流動性はどう関係しますか?
利用者どうしの注文を突き合わせる取引所形式と違い、事業者が提示する金額で売買する販売所形式では、買値と売値の差があらかじめ設けられています。この差は事業者が決めるものですが、事業者自身も別の市場でコインを調達・処分するため、その市場の流動性が提示価格に反映されます。板が見えないぶん、価格への影響が差として先に織り込まれている形です。
「どれだけ売買されたか」と「どれだけ吸収できるか」
市場を見るときに目に入りやすいのは、出来高や時価総額のように、すでに起きたことを合計した数字です。流動性が問うているのは、その先にあることです。いまこの市場に、ある大きさの注文を出したら、価格はどこまで動くのか。
この視点を持つと、同じニュースの読み方も変わります。「◯億円の売りが出た」という記事を見たとき、金額だけでは価格への影響は分かりません。その注文がどの市場に、どの時間帯に、どれだけの厚みに対してぶつかったのか。同じ金額でも、厚い板に当たれば数字はほとんど動かず、薄い板に当たれば大きく動きます。
ビットコインの市場に、注文をまとめて受け止める中央の取引所は置かれていません。板は世界中に分かれたまま、それぞれの厚みを持っています。どこかが薄くなればその市場の価格が先に動き、価格差を埋める取引が別の市場との間で起きる——この繰り返しで、全体の価格がつながっています。「ビットコインの流動性」を一つの数字で言い表しにくいのは、そもそも市場が一つにまとめられていないためです。
だから、板やスプレッドの数字を見るときは、それがどの市場の、どの瞬間の、どのサイズに対する厚みなのかを確かめてみてください。「どれだけ売買されているか」だけでなく、「この市場は、ある大きさの注文をどれだけ価格を動かさずに吸収できるのか」。この問いを持って見ると、価格の数字の背後にある市場の状態が見えてきます。



