ライトニングネットワークとは?ビットコインの高速決済を実現するLayer 2技術

ライトニングネットワークとは?ビットコインの高速決済を実現するLayer 2技術

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Bitcoin Japan
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ビットコインが直面するスケーラビリティの課題

ビットコインは、2009年の誕生以来、デジタルゴールドとして、また価値保存の手段として広く認知されてきました。しかし、サトシ・ナカモトが描いた「ピアツーピアの電子現金システム」として日常的に使うには、いくつかの技術的な制約があります。

ビットコインのブロックチェーンは、1秒間に処理できる取引数が平均7件程度に制限されています。これはVISAなどの既存決済システムが秒間24,000件を処理できることと比較すると、明らかに不十分です。さらに、ネットワークが混雑すると取引手数料が高騰し、コーヒー1杯の購入といった少額決済には適さない状況が生じます。

興味深いことに、この課題は2010年に初期のビットコイン開発者のひとりであるハル・フィニー氏がすでに予見していました。彼はビットコインの将来について、複数の階層をもつ決済システムの必要性を語っていたのです。基盤となるビットコインネットワークは最終的な決済層として機能し、その上に構築されるLayer 2 (L2) が日常的な取引を処理する。この構想が、まさにライトニングネットワークとして実現されることになりました。

ライトニングネットワークの仕組み:ペイメントチャネルという革新

ライトニングネットワークは、2015年にジョセフ・プーン氏とサディアス・ドライジャ氏が発表した論文「ビットコイン・ライトニングネットワーク:スケーラブルなオフチェーン即時決済」(The Bitcoin Lightning Network: Scalable Off-Chain Instant Payments) で初めて提案されました。その中核となる概念が「ペイメントチャネル」です。

ペイメントチャネルの基本構造

技術的には、ペイメントチャネルは2-of-2マルチシグアドレス(双方の署名が必要な共同口座)を使用します。両者がそれぞれ秘密鍵を保有し、チャネル内の資金を共同管理します。チャネル内で行なわれる取引は、実際にはこのマルチシグアドレス内の残高配分を更新する作業であり、ビットコインそのものは常にこのアドレスに留まっています。

また、ライトニングネットワークではこの構造を安全に維持するために、タイムロック(一定期間引き出しを制限する仕組み)やコミットメントトランザクション(最新残高を反映した保険的取引)といった仕組みが使われています。これにより、片方が不正な取引を送信しようとした場合でも、正しい残高を持つ側が資金を保護できるようになっています。

チャネルの開設と閉鎖

チャネルを開設する際、両者はビットコインを2-of-2マルチシグアドレスに預け入れます。この入金を記録するオンチェーントランザクションはファンディングトランザクション(Funding Transaction)と呼ばれます。この取引がブロックチェーンに記録・確認されると、チャネルが有効になります。その後、チャネル内では無制限に取引を行なうことができ、手数料はほぼゼロ、処理時間は数ミリ秒単位です。

両者が取引を終了する際には、チャネルを閉鎖します。通常は双方が合意して閉じる協調的クローズ(Cooperative Close)が行なわれますが、どちらかが応答しない場合などには強制クローズ(Force Close)が使われることもあります。この時点で最終的な残高がブロックチェーンに記録され、それぞれの取り分が確定します。つまり、100回の取引を行なっても、ブロックチェーンには開設時と閉鎖時の2回しか記録されません。

セキュリティの仕組み

「相手が不正をしたらどうなるのか?」という疑問は当然です。ライトニングネットワークは、暗号署名とタイムロックを組み合わせた仕組みによってこの問題を解決しています。各取引では、両者が署名したコミットメント取引(Commitment Transaction)が作成されます。もし一方が古い(自分に有利な)状態でチャネルを閉じようとした場合、相手はリボーク(Revoke)キーと呼ばれる秘密情報を使い、ペナルティ取引(Punishment Transaction)をブロードキャストすることで、不正者の資金をすべて没収できます。

この相互確証破壊(Mutual Assured Destruction)のような構造により、両者は常に正直に振る舞うインセンティブを持ちます。つまり、システムが「信頼」ではなく「暗号的なルール」で誠実さを担保しているのです。

ネットワーク効果:間接的な支払いを可能にする技術

ライトニングネットワークが単なる2者間の決済システムではなく「ネットワーク」と呼ばれる理由は、チャネルを経由した間接的な支払いが可能だからです。

ルーティングの仕組み

アリスがキャロルに支払いたいけれど、直接のチャネルがない場合を考えてみましょう。もしアリスとボブ、ボブとキャロルの間にチャネルがあれば、ボブを経由して支払いができます。この際、HTLC(ハッシュタイムロックコントラクト)という特殊なスマートコントラクトが使われます。HTLCは「ハッシュロック」と「タイムロック」の2条件で構成され、条件を満たした場合のみ支払いが成立します。ボブがキャロルに支払いを完了したことを暗号学的に証明できた場合にのみ、アリスからボブへの支払いが実行される仕組みです。ボブは中継手数料として少額の報酬を受け取ります。この技術により、信頼できない中継者を経由しても、安全に送金できるのです。

このように個々のチャネルが連鎖的につながることで、ライトニングネットワーク全体が巨大な分散型決済ネットワークとして機能します。

六次の隔たり理論の応用

「六次の隔たり」という概念をご存知でしょうか。世界中の誰とでも6人以内の知人を介してつながっているという理論です。ライトニングネットワークも同様の原理で機能します。十分なチャネルが張り巡らされれば、ネットワーク参加者は誰とでも、数回のホップ(中継)を経由して取引できるようになります。

2025年現在、ライトニングネットワークには世界中で数万のノード(チャネルを管理・中継する参加者)が稼働しており、ネットワーク効果は着実に拡大しています。

ライトニングネットワークの実装と発展

主要な実装

ライトニングネットワークの特徴のひとつは、単一の開発主体に依存せず、複数のチームが独立して実装を開発していることです。これにより、ネットワークの分散性と信頼性が高まっています。

現在、代表的な実装には以下の3つがあります:

  • Lightning Network Daemon (LND):Lightning Labs社による実装で、Go言語(Googleが開発したシンプルで高速な言語)で書かれています。

  • Eclair:ACINQ社による実装で、Scala(Java互換で高い信頼性をもつ言語)で書かれています。

  • c-lightning (現Core Lightning):Blockstream社による実装で、C言語(システム開発で広く使われる高速な低レイヤー言語)で書かれています。

これらの実装は、BOLT(Basics of Lightning Technology)と呼ばれる共通規格に準拠しており、チャネル管理、ルーティング、メッセージ形式などの通信仕様が統一されています。そのため、異なる実装間でも相互運用が可能です。

一般的に、LNDはツールやサポートが充実しており個人ノード運営者に人気があり、Core Lightningは軽量でスクリプト拡張性を重視する開発者に向いています。Eclairはモバイルウォレットや商用サービスでの採用が多い傾向にあります。

実用化の進展

ライトニングネットワークの採用は着実に進んでいます。オンチェーン取引に比べて手数料が安く、即時決済が可能なことから、日常的な支払いインフラとしての利用が拡大しています。

2023年の統計を見ると:

  • Alby(ブラウザ上でライトニング支払いを可能にする拡張機能)は月間100万件の取引を処理

  • Wallet of Satoshi(Custodial型ライトニングウォレット)は月間約82万件の支払いを処理

  • Bitrefillなどの商業サイトでもライトニング決済の利用率が上昇

特に注目すべきは、主要な暗号資産取引所の参入です。CoinbaseやBinanceなどがライトニングネットワークのサポートを開始または開発中であり、取引所からウォレットへの即時送金や少額出金の効率化など、実利用面での利便性が飛躍的に向上しつつあります。

エルサルバドルの事例と最新状況

2021年9月にビットコインを法定通貨として採用したエルサルバドルは、ライトニングネットワークの大規模な実証実験の場となりました。同国では米国からの送金コスト削減を目的に、ライトニングネットワークを採用したStrike社の決済アプリを基盤とする「Chivo Wallet」が国民向けに導入されました。

同国は海外送金に大きく依存しており、2020年のGDPの23%(約60億ドル)が海外からの送金でした。ライトニングネットワークの活用により、ほぼ無料で瞬時の国際送金が可能になり、従来の送金システムの課題を解決しました。銀行口座を持たない人々でもスマートフォンを通じて直接資金を受け取れるようになり、金融包摂の観点からも大きな意義がありました。

ただし、2024年末のIMFとの合意により、エルサルバドルはビットコイン政策を修正し、2025年2月には商店への受け入れ義務を撤廃しました。実際の利用率も2021年の25.7%から2024年には8.1%に減少しています。これは政策上の調整であり、ライトニングネットワークのインフラ自体は継続的に稼働し、技術的な検証基盤としての役割を維持しています。

ライトニングネットワークを使い始める方法

初心者向けウォレット

ライトニングネットワークを体験する最も簡単な方法は、ユーザーフレンドリーなウォレットを使うことです:

  1. Phoenix Wallet(ACINQ社/ノンカストディアル型・チャネル管理を自動化)

  2. Breez Wallet(Breez社/投げ銭用途やPOS用途にも拡張)

  3. BlueWallet(カストディアル・ノンカストディアル両選択可能)

これらのウォレットは、チャネル管理をバックグラウンドで自動化し、通常のビットコインウォレットと同じような感覚で使用できます。(ただし日本国内でのアプリ配信・日本語対応・サービス内容は各公式サイトで事前に確認してください。)

上級者向け:自分でノードを運用する

より高度な機能やプライバシーを求める場合は、自分でライトニングノードを運用することも可能です:

  • フルノードの準備:
    まずビットコインのフルノードを稼働させる(自前でチェーン全履歴を検証し、信頼を他者に依存しない運用が可能になる)。

  • ライトニング実装の選択:
    LND、Eclair、Core Lightningから選択(実装ごとに特性が異なるため、運用目的に合わせた選定が必要)。

  • チャネルの開設:
    他のノードとチャネルを開設して流動性を提供(チャネル容量の配分や相手ノードの信用性がルーティング成功率に影響)。

  • ルーティング手数料の獲得:
    他者の支払いを中継して手数料を稼ぐ(ただし効率的に収益化するにはチャネル配置や手数料調整の最適化が不可欠)。

Umbrel、myNode、Start9などのパッケージソフトウェアを使えば、Raspberry Piのような小型コンピュータで比較的手軽にノード構築が可能です。

ただし、チャネル管理・流動性確保・監視・ハードウェア障害への備えなど、運用には一定の知識と継続的なメンテナンスが伴います。

技術的な進化と将来の展望

スプライシング技術

2023年から実装が進んでいる「スプライシング(channel splicing)」は、チャネルのサイズを動的に調整できる技術です。従来は、チャネルのサイズを変更する際、チャネルを閉じて開き直す必要があり、2回のオンチェーン取引が必要でした。一方、スプライシングにより、1回のオンチェーン取引でチャネルサイズを調整できるようになり、手数料とブロックスペースを節約できます。

例えば、Phoenix Walletでは、モバイル版を含めてこの機能をサポートし始めており、オンチェーンとライトニングの境界がよりシームレスになっています。

BOLT12:次世代の請求書システム

BOLT12は、ライトニングネットワークの請求書システムを大幅に改善する提案です。

現在主流の BOLT11請求書 は、支払い金額や宛先情報をまとめた“支払い用メッセージ”ですが、1回しか使えず、有効期限も短いという制約があります。

BOLT12では:

  • 再利用可能な請求書の作成

  • 定期的な支払いのサポート

  • プライバシーの向上(オニオンメッセージ/ルートブラインディング)

といった機能が想定されています。これにより、サブスクリプションサービスや定期的な寄付などの用途が格段に使いやすくなります。

ステーブルコインの統合(2025年1月)

2025年1月、Tether LimitedはUSDTをライトニングネットワークに統合することを発表しました(使用プロトコル:Taproot Assets)。これにより、ビットコインの基盤層とライトニングネットワークの両方でUSDTが利用可能になる見込みです。

オフライン決済の研究

インターネット接続が不安定な地域での利用を想定し、オフラインでも決済を可能にする研究が進んでいます。完全にトラストレス(誰も信頼する必要がない)な実装は技術的に困難ですが、オンライン時に事前承認を得ておき、オフライン時にその承認を使って決済する方式など、一定の信頼関係を前提とした方法は既に実験段階にあります。

プライバシーとセキュリティの考慮事項

プライバシーの利点

ライトニングネットワークの取引はブロックチェーンに記録されないため、基本的にプライバシーが向上します。さらに、オニオンルーティング(多層暗号化による経路秘匿)という技術により、中継ノードは送金の最終的な送信者と受信者を知ることができません。

ただし、完全なプライバシーではないことに注意が必要です。チャネルの開設と閉鎖はブロックチェーンに記録され、ネットワークの構造(どのノード同士がつながっているか)は公開情報です。また、HTLC(ハッシュタイムロックコントラクト)の仕組み上、特定のルート情報や金額が中継ノードに推測される可能性もあります。

セキュリティ上の注意点

ライトニングネットワークは実験的な技術であり、以下の点に注意が必要です:

  1. ホットウォレットリスク:ノードは常時オンラインである必要があり、秘密鍵もオンラインで管理されます。

  2. チャネル監視の必要性:不正な閉鎖を防ぐため、定期的な監視が必要です。ウォッチタワーと呼ばれる第三者ノードによる自動監視サービスを利用すれば、監視を自動化できます。

  3. 少額での利用推奨:チャネル資金はオンライン上に保持されるため、ハッキングや障害のリスクがあり、大額の保管には適していません。

ライトニングネットワークがもたらす新たな可能性

マイクロペイメントの実現

従来の決済システムでは、手数料の関係で1円や10円といった超少額決済は現実的ではありませんでした。ライトニングネットワークでは、1サトシをさらに細分化した「ミリサトシ:mSAT(1/1000サトシ)」単位での支払いも理論的に可能であり、超少額決済が現実的になりました。これにより、まったく新しいビジネスモデルが生まれています:

  • ストリーミングマネー:Podcasting 2.0により、14,000以上のポッドキャストが1分1サトシ(執筆時点で約0.02円)での自動課金を実装。Fountainアプリでは月100万件以上の決済を処理

  • 記事単位の課金:Y'allsやWordPressのLightning Publisherプラグインで記事ごとの課金を実現。1記事10〜50円程度での販売が可能に

  • API利用料:L402プロトコルにより、APIコール単位での課金が本格稼働。2025年にはCloudflareが1日10億件のHTTP 402リクエストを処理

ゲームとソーシャルメディア

ライトニングネットワークは、ゲームやソーシャルメディアでの新しい経済圏を生み出しています。投げ銭機能により、コンテンツクリエイターは直接ファンから支援を受けられるようになりました。2019年には当時Twitter CEOだったジャック・ドーシー氏が「ライトニングトーチ」実験に参加し、2021年には当時のTwitter(現X)がStrike経由でライトニングチップ機能を導入するなど、実用化の動きが進みました。

まとめ:ビットコインの実用性を高める重要な技術

ライトニングネットワークは、ビットコインを真の意味での「デジタル通貨」として機能させるための重要な技術です。基盤層のセキュリティと分散性を犠牲にすることなく、高速で安価な決済を実現しています。

現在も開発が活発に続いており、スプライシング、BOLT12、オフライン決済など、使いやすさを向上させる技術が次々と登場しています。ネットワークの規模も着実に拡大しており、2025年現在で約1.5〜2万ノードが稼働しています。

ただし、まだ実験的な側面もあり、大額の資金を扱うには注意が必要です。少額から始めて徐々に理解を深めていくことをお勧めします。

ライトニングネットワークは、ビットコインの将来において間違いなく重要な役割を果たすでしょう。日常的な支払いから国際送金まで、さまざまな用途でビットコインの可能性を広げています。主要アプリストアで提供されているライトニング対応ウォレットを利用すれば、すぐに体験できます。ビットコインの新しい可能性を、ぜひ実感してください。

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